授業の特色

鳥取 赤碕高校 授業の特色

「園児や高齢者との交流」一つとっても、学校の教育活動として今日では別に珍しいことでない。しかし、全国各地の教育現場等で実践されているケースの多くは単発やイベントで実施されてはいないか。

 継続的に実施する利点をいくつかあげてみる。


(1)継続的な交流

園児や高齢者との交流」の教育活動は全国各地で行われていてなんら珍しくない。

しかし、保育園などの受け入れ側の利用者への影響などを考えると、年間に2~3回程度の交流をはたして受け入れ側は歓迎しているだろうか。例え1回の時間は短くても、本校のような継続的な交流が必要ではないか。


ある保育園でこんなこともあった。なかなか親離れができない園児が、パートナーになる高校生とご対面というとき、泣きじゃくっていた。やっとのことで保育士の先生に慣れたところに「お兄ちゃんが○○ちゃんのパートナーだよ」と挨拶しても高校生に飛び込んでこない。泣きじゃくっていて保育士にしがみついて高校生のそばにいこうともしない。

それが訪問のたびに毎回続くと、生徒から「先生、俺の方が泣きたいくらいだ」と本音がもれた。担当の生徒は悩む。中にはどうして自分が受け容れてもらえないかと悩む生徒もいる。


もし、2~3回で終わる交流でこのような関わりをもった生徒は、赤ん坊や小さな子どもを果たして好きになるだろうか。そんな交流をしている全国の中、高校生の中には、嫌な思いのまま時間だけが過ぎて、嫌な体験として残っているのではないか。


本校に入学したある1年生が園児との交流前に書いたレポートの一部にこんなのがある。

 「やっぱり子どもは嫌い。保育園の先生も嫌い。私は保育園と言うところが大嫌いだし・・・」この生徒から話しを聴いたが、中学時代それこそ1回の園児との交流で園児との関係がうまく作れないまま終わったのだという。

このようなケースまでいかなくても、お互いが気持ちを寄せれるようになると、お別れでは深い気づきは期待できない。まさに、やさしさや思いやりを育んだつもりで終わるのではないか。

ところが、赤碕高校は10回前後の継続的な交流を組んでいるので、その間にお互いの距離は縮まり、自分のこととして心を開いて相手の気持ちに思いを寄せ他人と関わることをからだで覚えていく。そして、何よりもパートナーから「お兄ちゃんお姉ちゃんありがとう」と言葉やあたたかい眼差しを毎回もらうことで「役立ち感」を実感する。

これは、生徒たちにとって大きな自信となり「働きたい」とか「学びたい」という生活への意欲につながっていく。


高齢者との交流も1~2回だけでは相手と深い関わりをもつ糸口がつかめないうちに終わる生徒もいるかも知れない。しかし、継続的に関わることでしわだらけの手からも人生をしっかり生き抜いてきた生き様を知り、自分のいのちの尊さや生き方をあらためて問い直す生徒も少なくない。


(2)クラスをばらばらにしない

クラスの仲間の真剣な姿を目の当たりにすることで、仲間との信頼関係が高まり安心して学べる学習環境となる。


(3)1対1のマンツーマン

一人の高校生に何人もの園児とか、高校生二人に園児一人というような関わりでなく、あくまで1対1の逃げ場のない人間関係体験の場を設定することで、お互いの心の揺さぶりは大きくなる。


(4)「気づきの体験学習」が、交流を実りあるものとする

人間関係づくりに役立つとして、「コミュニケーション・ゲーム」や「気づきの体験学習」「構成的グループ・エンカウンター」など、様々な技法が教育現場で実践されているが、ややもするとその場だけで終わってはいないか。

それも、教育現場では年度初めの4月「学級開き」と称してその時期だけやって、仲間づくりはおしまいと言うところも少なくないのではないか。ところが、赤碕高校はこれらの学習で学んだことを「園児や高齢者との交流」につなげることで、より深い気づきが得られることが本校の人間関係体験学習の特徴だ。


たとえば、「相手の気持ちを大切にする」という「気づきの体験学習」は、4~5人のグループになり順番を決める。「相手の気持ちを大切にする」ということをねらいの元に話し手ときき手の役割を決める。最初は、1番の人が話し手となり、残りの人はきき役になる。

 話すテーマは「小・中学時代の思い出」として2分間ひたすら話しをする。私の「始めてください」の合図で、話し手は「ねえねえ!きいて!きいて!」ということばを添えて「私ね○○○○○・・・・なのよ」と2分間の時間いっぱい話すのだ。時間がくると途中でもストップをかけ、「ふりかえり」をする。

 私からあるグループをモデルにして話し手に「どんな人が話しやすかったか」と質問を投げかけると「自分の方を見てくれている人」「うなずいてくれる人」など応える。他の生徒たちは真剣に私と生徒とのやりとりをきいている。


次に私と話し手が向かいあってこんなやりとりをする。「私があなたの目をかすめて、時計をみたり、あちこちよそみをしているとあなたはどんな気持ちがするの」と尋ねると、話し手の生徒は「自分の話をきいてくれているとは思わない」と応える。

 私から「『後ろ向きの人』とか『目線をあわせないで何か他のことをしている人』など、とても話しずらいよね」「これは、ノンバーバル(非言語)なコミュニケーションといって、言葉以外の態度や姿勢、目線なども自分を表現しているんだよ」「自分の心の内が無意識に表れているんだね」「このノンバーバルなコミュニケーションの方が言葉以上に相手を動かしてしまう。ふだん、私たちは気づかない内によくやっているんだね」と生徒に話す。みんなうなずいている。「それでは、2番目の話し手ときき手はそんなことを注意しながら関わってほしい」と伝えて演習を続ける。


さて、この体験学習の中で生徒一人ひとりが様々な気づきをする。

 話し手が気持ちよく話しができるのは、まずは相手の方向にからだを向け相手の目を見ることの大切さに気づく。そこで、「これからは、人と向き合うときは相手の顔を見て話をきいたりしよう」と考える。

これを、「園児や高齢者との交流」の直接体験の中で実際に確認していくのだ。他人との関わり方を自分で会得する「気づきの体験学習」にあたる学習をしなかった場合、相互に訪問するだけの交流をしてもお互いの人間関係が十分に成立できないために形式的な訪問に終始する恐れがあるのではないか。「気づきの体験学習」で気づき、学んだことが交流でさらに膨らむのだ。


(5)交流受け入れ先の施設に有意義なものになっている

ややもすると、交流する側の小・中・高校生のための交流学習にはなっていないだろうか。何よりも大切なことは、受け入れ側の保育園や高齢者施設への理解のもとに、お互いがメリットがあるような交流にしないといけない。そのためにも、受け入れ側の施設の理解や話し合いなどを密接にもつことが大切だ。